心的外傷後ストレス障害(PTSD)とトラウマ

Top Page>>コラム>>カウンセリング・アラカルト>>心的外傷後ストレス障害(PTSD)とトラウマ

 



はじめに

 

心の傷のことをトラウマと言います。恐ろしい出来事がトラウマとなり、その外傷性記憶が繰り返し思い出されることによって健康を害するのが、今回のテーマである心的外傷後ストレス障害(PTSD)です。子どもの頃でも、大人になってからでもよいのですが、何かひどい目にあったことはありませんか? 何か恐ろしい場面を目撃したことはありませんか? その出来事は一度だけでしたか? 何度も繰り返し起こりましたか? そして今も身の危険にさらされていませんか? 以下はこの記事の目次になります。

もくじ

*はじめに
*どんな症状が現われるのか
*心的外傷後ストレス障害の原因としてのトラウマ体験
*どんな人が発症しやすいのか
*各種のセラピー
・薬物療法
・アディクション・アプローチ
・語りを主体としたセラピー
・パワーセラピー
・ドラマ的な手法
・身体的なアプローチ
・スピリチュアル・ヒーリング(セラピー)
・ロゴセラピー
・芸術療法
*心的外傷の回復
*おわりに-ノーベル賞と心的外傷後成長(PTG)
*参考文献

この記事は相談者の皆様が読まれることを想定して書きました。専門家向けではありません。PTSDの症状、原因、セラピーなどについて網羅的に書かれています。最後まで読むと、おそらく20~30分かかると思います。お時間のあるときに、どうぞじっくりお読みください。

 

どんな症状が現われるのか

 

周囲の人たちから見たPTSDの方は、おそらくいつも暗い表情でいるわけでも、落ち着きのない不安そうな態度を示しているわけでもないと思います。でも、自然に映るそうした普通の態度は、平静を装っていると言えるのかもしれません。実は、本人にしてみると、無理に明るく振る舞おうと努力していたり、「あのこと」は忘れようと自分に言い聞かせていたりするはずです。

本人の立場から描写してみましよう。架空のAさんの場合です。

Aさんは比較的穏やかな気持ちで午前中の仕事を終えました。お昼休みです。職場の同僚と食事に出かけたのですが、偶然そこを救急車がけたたましくサイレンを鳴らしながら通り過ぎました。その音を聞いた途端、Aさんはギクッと身体を硬直させて立ち止まり、フリーズの状態になりました。一緒にいた同僚が声をかけます。「どうしたの?Aさん」Aさんは黙ったままです。もう一度同僚が「Aさん」と呼びかけると、Aさんはハッと我にかえって、「ああ、大丈夫。何でもないです」と、やっと答えることしかできませんでした。

Aさんの身に一体何が起こっていたのでしょうか。

Aさんは心に傷を負っていました。数年前のことです。仲の良い友人と街でショッピングを楽しんでいた時のことでした。交差点で信号待ちしていると、突然、自動車が二人に向かって猛スピードで突っ込んできたのです。Aさんは足を骨折しましたが生命に別条はありませんでした。しかし、その友人は搬送先の病院でなくなってしまったのです。精神的なショック状態が数か月続きました。でも、何とか立ち直って、一見すると普通に仕事がこなせる程度にまで回復することができました。

それ以来、Aさんはサイレンの音を聞くと反射的にあの事故の場面を思い出すようになりました。騒然とした事故現場。大きな声で名前を叫んでも反応しない友人。骨折しているものの麻痺して痛みを感じない自分の身体。怒り。悲しみ。恐怖。あの光景がフラッシュバックすると、一瞬にして気分が急降下し、心臓の鼓動が爆発しそうになり、身体と思考がフリーズして金縛り状態になってしまうのです。

あまり周囲には気づかれていないのかもしれませんが、Aさんはその他にも自分の異変に気づいていました。たとえば、人と話しているときにわけもなく急に泣きそうになることがあります。大きな声で話す人がいると、それに反応して激しい動悸と強い不安が襲ってきます。緊張して息をすることも忘れていることがあります。意識がボーっとしてしまって、人の話が聞こえるのに聞いていないことがあります。ちょっとしたことでイライラしたり、そわそわして落ち着かなくなることがあります。周囲に気づかれないように明るく振る舞っても、いつも気が張りつめていて、気分は抑うつ的です。周囲から隔てられたカプセルの中に入っているような感覚に襲われることがあり、いつも一人ぽっちだと孤独感を感じています。自分に自信がなくて、将来が閉ざされているような気がしています。衝動的に買い物をしたり、ついついアルコールを飲みすぎてしまうことがあります。友人が亡くなったのは自分のせいかもしれない、私が死んでいたほうがよかったのにと自分を責めてしまいます。

以上、架空のAさんの場合でした。

PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)(心的外傷後ストレス障害)は、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)(精神障害の診断と統計マニュアル)に記載されている、診断カテゴリーのひとつです。トラウマに関しては1世紀以上前のフロイトやジャネまで遡って論じる必要があるのですが、この記事では歴史的なことまでは言及しないつもりです。

主な症状です。

まず「侵入症状」です。断片的なトラウマ体験の記憶が、苦痛を伴って想起されます。フラッシュバックです。この外傷性記憶の侵入的想起には、動悸や発汗などの生理学的な身体反応や、情動の揺動が伴います。

次に「回避症状」です。外傷体験の記憶を思い出すまい、考えるまいと、回避するようになります。外傷性記憶を触発して思い出させるような刺激は人によって異なりますが、そうした刺激になり得るありとあらゆることを回避しようとするのは、もちろん苦痛感が甚大だからです。

次に「認知と気分の否定的変化」です。物事を否定的にとらえるようになりがちです。何を考えても悲観的な方向に迷い込んでしまいます。そのため、気分や感情もマイナスの不安や抑うつが強くなり、プラスの喜びや幸福感が感じられなくなって無快感症(アンヘドニア)になります。周囲への興味・関心が失われて自分の殻に閉じこもりがちになりますし、信頼感が薄らいで周囲の人たちとのつながりが希薄になり孤立無援感が強くなります。意識や感覚が麻痺状態になり、何も感じなくなったり、いわゆる解離に陥ることもあります。

最後に「過覚醒状態」です。恐ろしい体験をした後は、誰しも警戒心が強くなります。しかし、PTSDの場合には、その程度が著しく異なると言えます。いつも過剰な警戒状態にあってアンテナを張り巡らせているので、神経がピリピリしていて強い緊張状態が常態化してしまいます。そのため、筋肉に力が入って、肩こりや偏頭痛、歯を食いしばることによる歯茎の痛みなどを訴える人もいます。疲れやすく、集中困難を訴える人もいます。また、たとえば地震がトラウマとなっている人であれば、ほんのちょっとの揺れであってもびっくりしてしまうような驚愕反応が認められる場合があります。睡眠障害や、悪夢による睡眠の中断もよくあることです。真っ暗だと怖くて眠れないので、灯りをつけたままベッドに入る人も少なくないようです。

このような症状が1か月以上持続して日常生活に困難を来たすようになると、PTSDと診断される可能性が高まります。トラウマとなる出来事から1か月を超えていない場合には「急性ストレス障害Acute Stress Disorder:ASD」の診断基準があります。たいてい外傷体験から半年以内に発症するのですが、かなり時間が経過してから発症する遅延型もあります。児童期の性的虐待経験を大人になってから想起する女性のケースがこれに相当するでしょう。

トラウマとなる過酷な出来事が1回の場合を単回性のトラウマと言いますが、長期反復的に何度も外傷体験を繰り返すことによるPTSDも分類されています。これはコークやハーマンなどの精神科医の考えを取り入れて、複雑性PTSDとか複合型PTSDと呼ばれています。子どもに対する性的虐待はこの典型例で、成長した子供が将来的にこの病態に陥る可能性を否定できません。特に児童期に、あるいは成長の過程でトラウマ体験をした場合には、その後の発達にさまざまな影響が及び、パーソナリティの形成を阻害してしまうように思われます。

東京都医学総合研究所のウェブサイトに、ふたつの「PTSD症状評価尺度」がアップされています。そのひとつが、こちらのPTSDチェックリスト「IES-R(改訂 出来事インパクト尺度)」です。これは研究用に頒布されているものですが、誰でも無料でダウンロードすることができます。臨床現場では、スクリーニングテストとして使われています。

自分の苦しみはもしかするとPTSDなのかもしれないとご心配の方は、セルフチェックのために使用するのもよいでしょう。自己採点してみて、合計得点が25点以上の場合にはPTSDの可能性があります。念のために、あくまで可能性です。テストの解釈は心理学や精神医学の専門家が行うべきことで、テストに関する専門知識のない人が数字だけで自己診断することは危険です。もしも高得点が出たとしたら、そのような方は、一度専門家に相談してみることをおすすめします。自分はPTSDなのか知りたい、ケアが必要であれば受けたい、そのような疑問に対する意見を求めてみるのです。

結果としてケアを受けてみようと決断した方は、公認心理師・臨床心理士のいるカウンセリングルームで心理的支援を受けることもできるでしょうし、精神科医のいる心療内科・精神科クリニックで薬物療法を受けることもできるでしょう。いろいろな選択肢があります。一人で悩まずに、誰かに相談してみましょう。

 

 


心的外傷後ストレス障害の原因としてのトラウマ体験

 

体験するときに感情や感覚がマヒしてしまうことも少なくありませんが、トラウマになってPTSDを発症させる可能性があるのは、とてつもなく恐ろしいと感じられる体験です。自分にはどうすることもできなかったという無力感や、あの時こうしていれば回避できたかもしれないのにと自責を伴うこともあります。以下にトラウマとなり得る出来事を列挙してみましょう。

 

*地震による津波、台風による洪水などの自然災害や、火災などの災害に見舞われて生命の危険にさらされること。

*みずから交通事故を起こしたり巻き込まれたりすること、高所から転落したり階段で転倒したりすることによる不慮の事故、海や川で溺れるなどの水難事故。

*抜歯などの歯科治療、手術などの外科的処置など。

*職場でのセクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメント。(セクハラにパワハラ)

*ストリート・レイプ、デート・レイプ、ストーカー被害、痴漢、暴力、通り魔、武器や言葉を介した脅迫・威嚇や窃盗に巻き込まれるなどの犯罪被害。

*大切な人やペットとの死別と喪失。

*児童期虐待、性的虐待、ネグレクト、両親の不仲と離婚、親の過干渉、厳しすぎる躾、息がつまるほどの溺愛、DV(ドメスティック・バイオレンス)など。

*学校でのいじめ、教師による暴力やわいせつ行為、運動部の顧問による体罰など。

*戦争体験、拷問、監禁、性奴隷など。

*恐ろしい体験の目撃者になること。

*その他。

 

このように、ありとあらゆることがトラウマになり得ます。トラウマ性の出来事を直接体験することはもちろん、目撃する場合も含まれます。さらに、近親者や親しい友人に起こったトラウマ体験の話を耳にしたり、想像したりすることも含まれます。また、救急隊の隊員や暴力に遭遇する警察官などのことですが、職業上、日常的に他者のトラウマ体験に曝露されつづける場合も含まれます。恐ろしい場面の映像を見ることも、トラウマになる可能性があります。

DSMは精神疾患の原因を問いません。というよりも、身体疾患とは異なり、精神疾患は原因を特定することが困難なのです。たとえば一例として、統合失調症は昔から「内因性」の疾患と言われているのですが、これは原因が特定されないものの将来的には何らかの原因が発見されるはずという前提のもとに作られた概念なのです。脳内神経伝達物質に関する仮説や、遺伝子レベルの仮説がありますが、残念ながら決定打となるものは今もありません。

ところが、PTSDは唯一の例外です。原因があるとされているのです。それはトラウマ体験です。心的外傷を原因として発症するのがPTSDであるという規定は、実はDSMでは唯一といってよい例外的な規定なのです。

 

どんな人が発症しやすいのか

 

外傷性ストレス反応は誰にでも生じ得る自然な反応です。異常な事態に対する正常な生体反応に他なりません。恐ろしいトラウマ体験が外傷性ストレッサーとなり、それに反応して心身がさまざまな変調を来たすことは、生物にとって必然のことであるのかもしれません。しかし、外傷性ストレス反応は自然回復することが期待されます。1~2か月もあれば、以前の生活レベルまで回復する人たちがほとんどであるように思います。

ただ、発症後1か月未満のASD(急性ストレス障害)では収まらずに、発症後1か月を超えてPTSDが長期化・慢性化していく人たちが存在しています。短期的に自然回復する人と、PTSDが慢性化していく人たちの違いについてはこれからの研究で明らかになるはずですが、いまの段階で言えることがあるのも事実です。

では、PTSDが慢性化する人と、発症しにくいか発症したとしても自然回復する人の違いについてです。

 

*自然回復する人と慢性化する人たちの違いは、精神的回復力としてのレジリエンスの差に還元できるという研究者がいます。まあ、この説は当然と言えば当然なので、あまり参考にならないのかもしれません。

*外傷体験よりも以前の過去に何らかの心の病を発症したことがあったり、児童期虐待などのトラウマがあったりで、精神的な脆弱性を抱えている人の方が、PTSDが慢性化しやすいという見解もあります。

*外傷体験の後に受けたサポートの質によって、回復が妨げられたり促進されたりすることも知られています。無理解な、心を傷つけるような対応をされると二次的な外傷体験となって症状を悪化させる一方でしょうし、その人にぴったりした安心できるサポートが提供されたときには回復が促進されることでしょう。

*男性よりも女性の方がPTSDを発症しやすいという説もあります。しかし、これについては検討の余地があると思っています。というのは、わずかばかりの臨床経験ではありますが、レイプされた男性は、レイプされた女性と同様にして、この症状を発症させるという事実を知っているからです。

*日常的な生活環境のストレッサーが昂じているところに、外傷性ストレッサーが加えられると、PTSDが発症する可能性が高まるという説があります。常識的に考えて、これも納得できるように思います。

 

この記事を読まれている方の一番の関心は、おそらくPTSDを克服するにはどうすればよいのか、ということに尽きるのだと思います。最後に、さまざまなPTSDのセラピーについて解説しましよう。結論から先に言うと、自然回復を促進する自己治癒力を活性化させるようなセラピーが推奨されるでしょう。本来的に、PTSDは自然回復する病です。自然回復を阻害している諸要因を取り除き、自己治癒力の覚醒を促すようなセラピーが理想であるように思います。

 

 


各種のセラピー

 

トラウマから回復するためには、特定の治療法にこだわらないこと、本人に合った方法をいくつか組み合わせて用いることが重要です。この点は強調しておきたいと思います。また、一般的なレベルでのお話になりますが、薬物療法だけではトラウマを克服することは困難であることも分かっています。

ヴァン・デア・コークは、多種多様な治療法を、(1)他者と話し、(再び)つながり、トラウマの記憶を処理しながら、自分に何が起こっているのかを知って理解するというトップダウンの方法、(2)不適切な警告反応を抑制する薬を服薬したり、脳が情報をまとめる方法を変えるような他の技術を利用したりする方法、(3)トラウマに起因する無力感や憤激、虚脱状態とは相容れないと体の芯から感じられる体験をすることによるボトムアップの方法の三つに分類しています。

上記の(1)は、断片化してバラバラになったトラウマ性記憶を言葉で語ることによってつなぎ、再構成するタイプのセラピーです。(2)の前半は薬物療法、後半はEMDRなどの特殊なトラウマ療法のことです。(3)は身体感覚を生かしたセラピーやエクササイズのことです。では、付加的情報も加えながら、以下に簡単に解説します。

薬物療法

これは精神科医の領域になります。PTSDは、うつ病や不安性障害を伴うことが稀ではないことが知られています。睡眠障害もあるかもしれません。そのような場合には、それぞれの症状をターゲットにした薬物療法が行われることになります。主に過覚醒状態や、気分障害・感情障害に対する生物学的なアプローチということになります。

アディクション・アプローチ

PTSDには精神的な痛みが伴います。そのため、苦痛を緩和する自己治療の試みとして、アルコールやドラッグの乱用、リスクの高い対人関係にはまるプロセス嗜癖などが認められることもあります。そのような場合には、嗜癖行動に対するアディクション・アプローチが必要になるでしょう。

語りを主体としたセラピー

トラウマ治療の創始者の1人であったフランスのピエール・ジャネは「記憶とは語りである」と言っています。断片化したトラウマ性記憶を語ることによってつなぎ、ひとつの体験として再構成していくことが「ヒステリー」の時代から行われていました。

現代の認知行動療法では、持続エクスポージャー療法やナラティヴ・エクスポージャー療法などが、語りを主体としたセラピーであると言えるでしょう。過酷なトラウマ体験を想起して段階的にトラウマに直面していき、それを繰り返し語ることによって苦しみを克服していくわけです。苦痛な体験を想起して語るのはクライエントにとって酷ではないかという意見もあります。確かにそうかもしれません。しかし、クライエントは一人でいるときもフラッシュバックで苦しんでいます。それを一人で行うのではなく、二人で行うことに、このセラピーのひとつの意義があるのかもしれません。侵入的想起による苦痛が脱感作されて(緩和されて)次第に対処可能なものになっていくとしたら、リスクを超えたメリットがあると言えるはずです。

パワーセラピー

通常のカウンセリングとはちょっと異なったタイプのセラピーがいくつかあります。まずTFT(思考場療法)です。これは、苦痛な体験を想起しながら、身体の一定の部分を指先でタッピングするものです。これによって、フラッシュバックの発生や、外傷性記憶が想起されたときの苦痛感が緩和されることが分かっています。

次はEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)です。これは眼球運動によって苦痛なトラウマ体験の脱感作を行い、記憶の再処理を行うものです。手続きとしては、苦痛な体験を思い出しながら、目の前のセラピストが左右に振る指を目で追います。最近では眼球運動ではなく、音によって行う場合もあるようです。ステレオのヘッドホンでポンポンポンと順に左右に音を振るのです。また、専用のバイブレーターがあって、震動を左右のバイブレーターに振るものもあります。視覚、聴覚、触覚・震動覚など、さまざまな感覚のモダリティが利用されます。

ドラマ的な手法

ドラマ的なアプローチには、自我状態療法、サイコドラマなどがあります。前者の自我状態療法(Ego State Therapy)はジョン・G・ワトキンスによって考案された心理療法です。後者のサイコドラマは精神科医のヤコブ・モレノとそのパートナーのザーカ・モレノによって考案されたものです。サイコドラマ(心理劇)は後述する芸術療法としても考えることができます。

いずれのアプローチも、全体的な自己が複数の部分的な自我から成り立っていると考えます。特に多重人格(解離性同一性障害)がそうなのですが、トラウマによって人格は複数の自我状態に分割してしまいます。そのような自我状態同士の葛藤を解消するアプローチが、このドラマ的な手法であると考えてよいと思います。

付言しておきますが、自我状態が複数であることは多重人格に限ったことではありません。精神的に健康な人も、ひとつの人格が多くの自我状態によって形成されていると考えるのが、現代的なパーソナリティ理論の主流なのです。人間は場によって変化しますから、対人関係の数だけパーソナリティがあるという研究者もいるほどです。

身体的なアプローチ

最近だと、SE(Somatic Experiencing)療法、ソマティク・エクスペリエンシング療法が日本にも導入されています。これは、ピーター・リヴァインが創始したトラウマ療法で、身体感覚といいますか内受容感覚を駆使した身体へのアプローチでして、ざっくり言うと心的外傷をターゲットにしたボディワークのようなものです。トーク中心のセラピーのように、言葉で語ることはほとんど全く必要ありません。身体を感じること、反応すること、エネルギーを解放すること、このような非言語的な側面にアプローチすることが、従来のトラウマ・セラピーとは大きく異なるのかもしれません。

呼吸法、ヨーガ、マインドフルネス瞑想なども、PTSDの回復を促進するのではないかと言われています。マッサージやフィットネスも加えるべきかもしれません。いずれも身体を感じ取ることができますし、いまこの瞬間に集中することによってさまざまな雑念から自由になることができます。PTSDは過去にとらわれた病であり、未来から閉ざされている病、いま現在を生きることができない病であるとすれば、いまこの瞬間に意識を向けることには、多大な恩恵があるはずです。ヨーガは時として変性意識を作り出しますから、スピリチュアルな体験を促進して、何らかの癒しをもたらす可能性も秘めています。いずれにせよ、科学的な根拠といいますか、エビデンスはこれから構築されていくであろうアプローチです。それにもかかわらず、たとえばヨーガを継続する人は回復の度合いがずいぶんと違うなというのが、われわれの実感なのです。

スピリチュアル・ヒーリング(セラピー)

PTSDに苦しむ人には、スピリチュアルな体験をする方が珍しくありません。それは超越的な体験で、現実とファンタジーが混在しているかのようなヴィジョンに打たれることを意味しています。実際にスピリチュアル・カウンセラーのところへ相談に行く人もいて、ヒーリングには一定の需要のあることが理解されます。しかし、公認心理師や臨床心理士がスピリチュアルなセラピーを行っているカウンセリングルームは、われわれの知るかぎりほとんど全く存在していません。

スピリチュアルな体験のある方が公認心理師の相談室を利用することをお考えの場合には、自分の体験が完全に否定されるのではないか、変なことを口にする人だと思われるのではないかと、警戒しても無理はないと思います。しかし、トラウマやアディクションと関連のある心的外傷後ストレス障害やアダルトチルドレンの場合、スピリチュアルな癒しも大切であると考えられます。スピリチュアルなセラピーを行っているわけではないにせよ、そうした世界を否定しない、スピリチュアルな体験に拓かれた目と耳を持っている、そのような公認心理師と出会えることを祈るばかりです。あなたが出会うセラピストは、超越的な体験に耳を傾けてくれるでしょうか?

ロゴセラピー

皆さんはおぼえていますか? ヴィクトール・フランクルが書いた『夜と霧』を。ユダヤ人であった精神科医フランクルは、第二次世界大戦当時アウシュビッツの強制収容所に送られ、終戦とともに奇跡的に生還しました。その収容所体験を綴ったのが、世界中でいまも読み継がれているこの本です。

PTSDが慢性化している人は、おそらく死について考えたことが一度や二度ではないはずです。収容所はいつも死と隣り合わせの過酷な場所でした。フランクルはそこで、いま自分が生きている意味を創造して、死なないで生き抜こうとしました。彼の手によるロゴセラピーは、そのような極限状況から生まれたのです。

ロゴセラピーとは、人間が自分にとっての生の意味を発見するように支援する心理療法のことです。そのアプローチは、苦痛の緩和というよりも、むしろ人生の意味、生きる意味を見出すことを目的としています。トラウマに翻弄されている人は、おそらく自分の人生が空虚に感じられ、生きる意味を見失っているはずです。生きる意味を見出したとき、苦痛を感じているにもかかわらず、人はその苦痛に耐えながら有意味に生きていくことができるようになるのです。

ロゴセラピーの具体的な技法としては、逆説志向と反省除去があります。逆説志向は、ユーモアの精神で不安を喚起する場面から距離をとることを意味します。たとえば、スピーチ不安があって人前で手が震えるのであれば、意図して震えてみるということを行うわけです。反省除去は、現代のマインドフルネスにとてもよく似ています。あれこれと考え込んでしまう過剰な思考を取り除いて、いま目の前にあること、現在の活動に集中することが目的とされています。

自分が人生の意味を問うのではなく、反対に人生の側から意味を問われているのですよとフランクルは教えてくれます。壮絶な人生が描かれた『回想録』は、PTSDを患う皆様に大きな力と勇気を与えてくれることでしょう。

芸術療法

最後に、PTSDの回復にとって、とても重要なセラピーをご紹介します。それは芸術療法です。

芸術療法とはアートをセラピーとして行うもので、芸術的な創造行為によって自己治癒のプロセスを促進する心理療法の一種です。表現形態の違いによって、箱庭療法、心理劇、絵画療法、コラージュ療法、写真療法、映像療法、音楽療法、舞踏療法、造形療法、陶芸療法、書道療法などに分類されます。

芸術療法は、会話あるいはトークを中心に展開する言語的な対話式カウンセリングとは異なり、「話し言葉」に頼らない方法です。言葉によっては説明することのできないこころの世界や、言葉によっては表現することのできない内的な想像の世界がこの非言語的な方法によって映し出され、クライエントとセラピストのあいだで分かち合われることになります。

心的外傷が回復していくプロセスで、芸術療法が重要な役割を担うことがあります。ここに相談者の具体例を書くことはできませんので、とても参考になる映画を紹介しましょう。

まず、ジェフ・ブリッジス主演の映画【フィアレス 恐怖の向こう側】(1993年米国作品)です。航空機が墜落して多くの人命が失われた中で、主人公のマックスは奇跡的に生還します。しかし、事故を境にして彼は別人のようになってしまいました。PTSDが発症したのです。周囲からすると彼はさまざまな奇行に走ることになったのですが、そのすべては心的外傷の回復プロセスでよくある自己治療の試みでした。その彼が、一緒に生活していた自分のパートナーにも知られることなく、まるで何かにとりつかれたかのように続けていたのは「絵画療法」でした。彼は、苦しみの中で強烈に湧き上がってくるイメージを描いて、表現することによって癒されていったのです。

トラウマ治療の専門家ヴァン・デア・コークの本を読むと、相談者が描いた絵がたくさん掲載されています。この領域では、絵画療法がごく普通に行われているのです。

次は、実在の人物マーク・ホーガンキャンプを描いた、スティーブ・カレル主演の映画【マーウェン】(2018年米国作品)です。マークはヘイトクライム(憎悪犯罪)の被害者です。集団によるリンチを受けて意識不明の重体となり、脳のダメージからか意識が戻ったときには記憶が失われていました。そして、PTSDを発症します。回復のために彼は何を行ったのでしょうか? 驚きました。彼は自宅の庭に、ひとつの「世界」を創造していくのです。「マーウェン」と名づけられたその世界は、人形やミニチュアを使って作られたジオラマです。彼は、作品を作っては写真で撮影することを繰り返します。映画は、作っては撮影するプロセスの中で、マークの現実世界と内的空想世界が交錯する様子を、CGを駆使して見事に描き出しています。

マークが行ったのは、少し規模の大きな箱庭療法と、写真療法が一体となった芸術的な創造行為です。彼はこの創造によって癒され、重度のPTSDから回復していったのです。

ご紹介した映画ですが、飛行機墜落の事故現場や暴力的なシーンが挿入されています。もしもPTSDから回復していない人が視聴すると、自分の苦痛な体験がフラッシュバックしたり、気分を悪くする可能性があります。御覧になるときには、十分に注意してください。また、映画では主人公が単独で、セラピストの存在なしに芸術療法的な行為を行う設定になっています。しかし、芸術療法は通常であればセラピストが一緒にいる場面で行われます。あるいは、一人で行うにせよ、作られた作品がセラピストの目に触れることを前提として行われます。この点についても注意が必要です。

 

 


心的外傷の回復

 

PTSDの症状を発症するのは、とても苦痛なことです。しかし、その発病過程は、裏返すと回復過程が始まったことを意味します。傷口から流れていた血が止まり、時間をかけてゆっくりと患部が治癒していくのと似ているのかもしれません。

回復するとどのように変化するのでしょうか? 

苦痛な記憶は、パソコンのデータのようには消去することができません。しかし、外傷性記憶は普通の記憶と同じようになり、思い出したときのインパクトが小さくなります。その他の記憶と同じように、記憶の引き出しから自由に出し入れすることができるようになるでしょう。

「あのこと」を思い出させるような刺激を全面的に回避していた人は、必要以上に回避しなくてもすむようになるでしょう。回避のために生活空間や行動範囲が狭くなっていたはずですが、自由に活動できるはずです。また「あのこと」を過度の苦痛なしに思い出して、誰かに話すこともできるし、話さないこともできるし、自分の意志で選択できるようになります。

外傷体験のために過去にとらわれていた自分から、未来を見つめながら今日を生きる自分に生まれ変わるでしょう。フラッシュバックの瞬間が特にそうなのですが、過去の記憶によって心が占領されているときには、「いま」「今日」という現在が消え失せて、過去を生きていることになります。過去が過去になっていないとも言えるでしょう。そのような自分から、ここにある身体を感じながらいま現在に集中して生きる自分に変化することができるはずです。今を楽しむ、一日一日を大切にする、そのような生き方ができるのかもしれません。

やっと生きていた状態から抜け出して、比較的楽に日常生活を送れるようになるでしょう。過度の覚醒状態にあった意識の緊張が和らいで、精神的にも身体的にもリラックスできる時間が増えていくはずです。

過剰な警戒心が薄れ、周囲の世界に対する信頼感を取り戻して、周りの人たちと恐れることなくつながって行くことができるようになるでしょう。孤独で、孤立無援であった自分が、困ったときには誰かに援助を求めることができるようになるはずです。

抑うつや不安などのマイナスの感情が少なくなって、喜びや幸福感などのプラスの感情が顔を出すようになるでしょう。また、訳もなくイライラしたり、そわそわしたり、衝動的に行動することが少なくなっているはずです。ひとことで言えば、感情生活が安定するのです。

生きる意味が見出されるでしょう。おぼろげにでも、これから自分が何のために生きていくのか、その目的がつかめるようになるのです。それは、自分を大切にしながら誰かのために生きることであったり、人によって異なるはずです。これまでは自分の周囲に振り回されたり、過去に翻弄されたりして自分の人生を生きている感じがしなかったとしても、自分の人生を自分で生きていけるようになるでしょう。

苦痛を緩和する何らかのアディクションがあった人は、トラウマの回復後には、アディクションそのものと取り組んでいけるようになるでしょう。アディクションは基本的には自己治療の試みですから、ある程度の回復をまって、しかるべき時が来たときに対処するのがよいでしょう。タイミングが悪いと、「分かっちゃいるけど、やめられない」が増悪するという逆説があります。

 

おわりに-ノーベル賞と心的外傷後成長(PTG)

 

現代では、PTSDのための様々なトラウマ・セラピーが開発されています。しかし、群を抜いて効力のあるセラピーはありません。大切なのは、特定のアプローチにこだわらずに、自分に合った方法をいくつか組み合わせてやってみることです。これは、相談者の方とセラピストが話し合いながら、ぴったりと合ったオーダーメイドのセラピーを作り出していくことを意味しています。多くの方々は科学的根拠(エビデンス)のあるセラピーを求めるのかもしれません。PTSDの場合もそうでしょう。しかし、エビデンスにこだわりすぎると、自分に合ったセラピーの選択肢をかなり狭めてしまうことにもなりかねませんから、注意が必要です。

さて、PTSDに関しては、厚生労働省の「みんなのメンタルヘルス」にある、「PTSD|精神疾患の詳細」も参考になるでしょう。こちらのページ「心療内科と精神科」からリンクしています。それから、こどものPTSDについては、文部科学省の在外教育施設安全対策資料【心のケア編】に掲載されている、こちらの第2章 心のケア 各論 Ⅲ 外傷体験とはを参照してください。

ノーベル平和賞についても触れておきます。

2018年のノーベル平和賞は、コンゴ民主共和国の医師デニス・ムクウェゲ氏と、イラクの人権活動家ナーディーヤ・ムラード氏に授与されました。お二人とも、戦場や紛争地域における性暴力に対して、生命を賭して戦っていることが評価されての受賞でした。前者の男性は、戦乱によってレイプ被害にあった数万人の女性たちの治療と精神的ケアに尽力してきた方です。後者の女性は、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」によって拉致され、性奴隷として虐待された経験があり、その後「かたりべ」として人権活動家に転じた方です。残念ですが、性的な暴力による支配とPTSDが世界には蔓延しているのです。

最後に、比較的新しい領域ですが、トラウマ後の成長つまり心的外傷後成長(PTG:Post-traumatic Growth)に関する研究があります。ここでは、トラウマの克服からくる成長といいますか、精神的な、トラウマ後の成長が重要視されています。人間の肯定的な側面について研究するポジティヴ心理学の研究者たちが盛んに研究していたかと思いますが、PTSDが回復した後で、孤立無援の状態にあった人が周囲の人たちに対する信頼感を回復してつながりを取り戻し、回復に感謝し、人生の新たな意味を見出すことによって、より成長を遂げていく人たちは少なくないのです。

トラウマを克服するということは、健康を回復して以前の自分に戻ることではないのかもしれません。戻るのではなく、先に進むという表現が適切であるように思われます。以前の自分のコピーを再現して生きるのではなく、まったく新しい自分に生まれ変わることが、心的外傷の回復プロセスに伴われるような気がしています。PTSDが長期化・慢性化して自然回復が見込めないとあきらめている方がいらっしゃいましたら、どうぞカウンセリングの専門家を一度おたずねください。無理のない、回復のためのお手伝いができるはずです。

最後までお読みくださり、大変ありがとうございました。(ご覧の文章は、札幌のトポス心理療法オフィスのコラム「カウンセリング・アラカルト」の記事です)

 

参考文献

ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する-脳・心・体のつながりと回復のための手法』(紀伊國屋書店)

ヴァン・テア・コーク『サイコロジカル・トラウマ』(金剛出版)

スティーヴン・ジョセフ『トラウマ後成長と回復―心の傷を超えるための6つのステップ』(筑摩選書)

ピーター・ラヴィーン『身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケア』(星和書店)

ピーター・ラヴィーン『トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復』(春秋社)

アメリカ精神医学会『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

ジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』(みすず書房)

デイヴィッド エマーソン『トラウマをヨーガで克服する』(紀伊國屋書店)

フランシーヌ・シャピロ『EMDR―外傷記憶を処理する心理療法』(二瓶社)

パット・オグデン『トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際』(星和書店)

ピエール・ジャネ『人格の心理的発達』(慶應義塾大学出版会)

エドナ・フォア『PTSDの持続エクスポージャー療法―トラウマ体験の情動処理のために』(星和書店)

マギー・シャウアー『ナラティヴ・エクスポージャー・セラピー:人生史を語るトラウマ治療』(金剛出版)

ロジャー・キャラハン『TFT(思考場)療法入門―タッピングで不安、うつ、恐怖症を取り除く』(春秋社)

ジョン・カバットジン『マインドフルネスストレス低減法』(北大路書房)

ヴィクトール・フランクル『夜と霧』(みすず書房)

ヴィクトール・フランクル『ロゴセラピーのエッセンス』(新教出版社)

ヴィクトール・フランクル『フランクル回想録―20世紀を生きて』(春秋社)

ジョン・ワトキンス『自我状態療法―理論と実践』(金剛出版)

ジェイコブ・モレノ『サイコドラマ―集団精神療法とアクションメソッドの原点』(白揚社)

 

前の記事「アダルトチルドレン(AC)について」へ>>次の記事「うつ病かな?そんなときには心理カウンセラーに」へ

 

トップページへ-札幌市のトポス心理療法オフィス

2019年03月23日