心のメッセージに耳をすます

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本学学生相談センターのカウンセラーとして、学生相談室でカウンセリングをしている近田佳江と申します。今日は、私がカウンセラーとしてたくさんの人のお話を聞く中で感じていることについて「こころのメッセージに耳をすます」というタイトルでお話させていただこうと思います。

さて、私たちが普段なにげなく使っている「こころ」という言葉ですが、こころとは何でしょうか。こころがどこにあるのだろうかと考えたりもしますよね。脳にある、ハート、心臓にある、など色々と言われますが、こころは目に見えないものです。見えないけれども、「ある」とみんなが信じているものです。気持ちとか、感情と言われるものは、こころに関係するのかなと思いやすい。「悲しい気持ち」とか、「腹立たしい思い」などは、こころの領分として了解がつきやすいものです。また、自分のこころには自分で分かる部分と自分でも分からない部分とがあるように思います。自分のことだけれども、自分にはなかなか分からないこころの領域があると感じるのは、こころが違う形をとってメッセージを出す時ではないでしょうか。こころが行動に関係して出てくる場合もあります。例えば、万引き、家庭内暴力などの行為の中にも、こころが違う形をとってメッセージを出している場合があります。また、こころが身体に関係して出てくる場合もあると思います。たとえば、「心身症」と呼ばれる症状などです。心身症とは、体の病気ですが、その病気の発症などにこころも関係しているものです。例えば、よくあるのが胃潰瘍や円形脱毛症などです。あるいは、こころのストレスなどで体の免疫力が低下した場合に、風邪をひきやすくなったりすることもあります。

ここで、ある心身症の方のお話をしたいと思います。その人は、腕がしびれてまったく動かないという男性でした。お医者さんが検査した結果、このしびれは身体的な異常ではなく、心理的なものであろうという診断でした。しかしその方は、自分の内面をあまり考えようとはしない人でした。それより「今日は腕がこういうふうに痛い」「ここに湿布を3時間貼ってみたら…」など、しびれそのものに注目することが多かったようです。お医者さんからは「何かストレスがあるのでは」と、何度か指摘されていましたが「それがまったくないんです。毎日楽しいことばかり」「腕のしびれが早く消えたらいい」と繰り返していました。ところが、彼の話しをよくよく聞いていくと、経営不振で経済状態が悪化していること、最近、身近な家族を亡くしていることなど続々と出てきます。ところが本人は「案外色々ありますね。でも、自分は別にそれをストレスには感じていませんのでね」と笑い、淡々と他人事のように話し続けます。しかし、人間は機械ではないですし、どんなに意志が強い人でも、大きなストレスがかかると必ずどこかにしわ寄せが出てくるものです。彼は、身体の症状と自分の内面とが関係しているという実感がわかず、それを考えることが難しかったようです。

こころは、いろんなものと結びつきつながっているという不思議があります。精神的なストレスによる心身症の場合、いくら病気の箇所を一時的に治療したとしても、もともと抱えているストレスとなっているものが何らかの形で解消されなければ再発を繰り返すこともあります。心身症などは、自分のこころから自身に発せられているメッセージみたいなものではないでしょうか。ものごとを短絡的に見れば、病気は悪いことだ、悩みは悪いことだ、健康こそが幸せなのだ、悩みが何もないことが幸せなのだと思いがちです。そして、病気になると、「自分はなんて不幸なんだ」「この病気さえなければ」と思いがちです。ある面では確かにそうかもしれません。しかし、人間は苦しまずに一生を送ることはできません。苦しみを引き受けたくない、そういうものは見ないでやり過ごしたい。そういうあり方に対して、こころとは一見関係ないような所から「ここに問題が潜んでいますよ」と自らにサインを発してくるのかもしれません。そのメッセージをキャッチして、それがどんなものなのかを覗いてみることは、とても苦しい作業でもあります。

ある不登校の子どもを持つお母さんがいました。最初、そのお母さんは「とにかく早く毎日登校してほしい」「体(腹痛)さえ治れば行けるのに」という気持ちで一杯でした。しかし、子どもがどうして今学校に行けなくなってしまったのかをじっくり考えていくことによって、捉え方が次第に変わっていきました。子どもが登校できないというメッセージを発し、家族が本気になってそのメッセージを受け止め、本人と一緒になってそれに取り組み始めました。そして、親子関係、子どもの思い、子どもの苦しみ、母親自身の生き方にまで目を向けるようになっていきます。そうした過程を経て、子どもは再び登校できるようになりました。そのお母さんは、子どもが登校できなくなったことによって、それまで家族が見てこなかった側面と本気になって向かいあえたと語っています。むしろ、今回子どもが不登校になったことは、これからの家族にとっての大きな収穫だったとその体験を振り返り感謝をしておりました。

自分の知らないこころからのサインを自分へのメッセージとして受け止められるかどうか、その如何によって私たちの人生は大きく変わるのではないでしょうか。病気や症状を自分へのメッセージとして見てみた場合、自分自身に対するまったく違う視点を持つことができたり、物事の捉え方や世界の見方は飛躍的に変化したりするのではないでしょうか。

(一粒の麦 No.33 2006年3月)

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2019年04月22日