人と植物

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こんにちは。学生相談センター・カウンセラーの近田佳江です。今日は「人と植物」というタイトルでお話をしたいと思います。

人と植物はかなり違った生き物です。しかし、カウンセラーの仕事をしていて、人のことを考えていく際に、人と植物とを比較したり植物からヒントを得たりしていることが結構あるなと感じています。植物の中でも例えば木です。人は木に例えられることがよくあります。木は1本で立っています。人も大地に一人で立っています。また、木は何年もの歳月をかけて成長し大きくなっていきます。大きさだけでなく、年月を重ねるごとに、成長の跡として年輪がたくさんできます。人間も同じように、何年もの歳月をかけてこころと体が成長していきます。このように、人と木には似ている点があります。実際、木を人に見立てたりすることがあるのではないでしょうか。例えば、子どもが生まれた時に、庭に誕生の記念樹を植え、家族でその成長を見守るということがあります。そして、まるでその木が自分の分身であるかのように身近に感じて、大切にする場合もあります。これは、木に自分の姿を投影しているということでしょう。

心理学の分野では、イメージを用いたカウンセリング技法や心理テストなどがあります。例えば、特定の事物の絵を描いてもらって、そこから描き手が今どんな心理状態にあるのかをとらえようとする描画法などがあります。描画法の中に、個人のパーソナリティや心理特徴を把握するために木を描いてもらう技法(バウム・テスト)があります。イメージですから、どんな木を描いてもいいのですが、おもしろいことに、描かれる木の姿かたちには、描き手自身の心理的特徴がよく反映されるのです。また、描き手のこころが変化すると、木の絵の表現も変わっていきます。あるいは、描いた木の表現が変化していくのに伴って、こころが変化していく場合もあります。

私が大分以前にカウンセリングをしていたある女性は、結婚後、子どもをもうけたのですが、家族との関係に悩み、苦しんでいる方でした。面接を重ねる中で、どうしてこんなふうになるのだろうかと、家族関係を嘆き悲しむ日々が続きました。そのうち、彼女は自分と家族との関係がいったいどうなっているのだろうかと、自分のあり方を含めて考えるように変わっていきました。そんな折、久しぶりに自分の母親に会って話す機会がありました。彼女は、家族関係、ことに子育ての面で悩んでいることを母親に打ち明けました。その際、母親は彼女にこう言ったそうです。「子どもを育てるということはね、植物を育てることによく似ているんだよ」と。植物が育つためには、太陽や水が必要です。あるいは、土を耕したり肥料を与えたりすることも必要になります。人が育つには、その人がどんな環境を必要としているのかを的確に読み取り、今必要とされる環境を整えることが大切です。ところが、時に私たちは「手がかかるから」「早く成長しないから」といってイライラしたり、むやみに腹を立てたりします。あるいは、子どもには自分の思い描く姿に成長してほしいとか、もっと早く成長してほしいと願って、過干渉に働きかけてみたりする場合があります。それは、植物が思うように育たないからといって、無理に葉っぱや茎をひっぱってみたり、伸びる箇所を縛ってみたり、毎日毎日過剰に肥料を与え続けたりしていることに例えられるでしょう。こう考えると、確かに植物の成長と人の成長、発達とは似ているなと思います。その女性も、母親から植物を育てる話を聞いて、自分の育児のあり方を反省させられたそうです。

子育てに限らず、人のあり方を見るときにも植物の例えで考えてみるとおもしろいものです。例えば、私たちは「あの人はものすごく否定的な考え方をするよ」「あの人は冷酷だよ」などというように、個人のありようを話題にすることがあります。その時に、その人の現在のあり方だけではなく、その人が生きてきた過去、つまり生い立ちという点からも考えてみます。すると、その人が困難な境遇に出会いながらも、あっちに伸びたりこっちに歪んだりしながら成長してきた、いわば生きるための知恵から生まれた姿であると考えてみると、納得のいくことがあります。例えば、深刻な暴力を重ねて受け続けた幼い子どもの場合です。子どもは、体験する過酷な出来事を、自分のこころの中にかかえきれないという事態も生じます。そのような場合、こころがそれ以上傷つかないように、ある種のこころを護る仕組みが作動することがあります。例えば、人に対して決してこころを開かなくなったり、あるいは過剰なまでに開きすぎたり、人を欺いたり、感情が出てこなくなったりします。それはまるで、本来ならまっすぐ伸びていく性質をもつ植物が、光や水を奪われているために、少しでも水のある所へ、少しでも光がある所へと枝や根を伸ばしてうねりながら成長していく様にも似ています。

人間は成長していく過程で、さまざまな経験をします。ある人の現在のありようが、生まれ持った資質であるのか、あるいはその人が置かれた環境に適応するために形成されてきたものなのかは、簡単には区別できません。ですから、人のあり方を理解する際には、両方の視点から見ていくとよいと思います。私たちは、案外、片方だけしか見ていないことが多いのではないでしょうか。また、他者を見る時だけでなく、自分自身を振り返って見る時にも、両方の視点から見ていくことがあっていいのかなとも思ったりします。

(一粒の麦 No.34 2006年9月)

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トポス心理療法オフィス-札幌市のカウンセリング

2019年04月21日