自己治癒力について

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今日は自己治癒力というタイトルでお話をしてみたいと思います。最近、ニュースなどで地球温暖化の問題が頻繁に取り上げられています。産業や経済を発展させていく中で、人間にとってより良いものより都合のよいことを求め実現してきた結果、地球環境全体にとって深刻な事態が生じることになってしまいました。人類の発展や進歩のように見える出来事でも、自然の摂理を崩す大きな原因となってしまうことがあるわけです。ある程度のバランスの崩れならば、地球が持つ自然回復力によって均衡は保たれるのでしょうが、バランスの崩れが大きくなると、地球が自然にもっている自然回復力ではどうすることもできない状態に陥ってしまうようです。

これを私たち人間の場合に移して考えてみたいと思います。人間の身体は「小さな宇宙」と言われたりもします。人体は、非常に複雑で精密なシステムとして成り立っています。私たちは、体の働きを全て意識し把握しておく必要はなく、生命を維持するために無意識レベルでうまく身体の働きが調整されています。健康な体であれば、食事の時間をあまり意識しなくても、勝手にお腹がすいてきて何か栄養を取るように調整されており、食事を忘れて餓死するこということはありません。また、風邪をひけば、風邪菌と戦うために身体は自己防衛システムを作動させて発熱が起きてきます。このように、身体には自己治癒力が備わっています。

人間の心の面においてもこのような自己治癒力があると考えられています。心の世界には、意識している世界もありますし、無意識の世界もあります。意識の世界は比較的小さくて、無意識の世界の方が広大であるとも言われています。また、意識は自分でコントロールがききやすい心の世界ですし、無意識は自分で認識できない分、意図的なコントロールがきかない世界です。意識の世界と無意識の世界は、相互に影響を与え合いながら1つの心を構成しています。私たちが日中起きていて経験する雑多なことがらは、夜眠っていている間に調整されると言われます。その作業は私たちが夜にみる夢を通して垣間見ることができます。例えば、日中誰かに対して怒りを経験したのだけれど我慢し押さえ込んでいた人がいるとします。我慢して抑えていた感情ですから、その怒りの経験は未消化のまま残ってしまいます。すると、夜にその人は、自分が人を攻撃したり喧嘩をしたりしている夢をみたりすることがあります。このように、意識の世界で未消化となっているような体験が、無意識の世界で消化され調整されていくという自然な働きが人には備わっています。意識の世界で無理をしたり大変な経験をしたとしても、ある程度までなら自然と心のバランスが調整されるようです。

ところが、意識がある特定のことだけに固執したり、あるいは、あまりに自分の心の実情に目を向けないでいると、心の制御機能が働かなくなり、ひずみが大きくなって様々な問題が生じてきたりします。例えば、勉強や仕事の予定をどんどん入れ込んで多忙なスケジュールにしたり、休日も休まず過剰な活動を続けていくと、精神的な疲労はどんどん溜まります。そして、ある限度を越えると集中力ややる気が急激に低下して気持ち全体が沈み込んだり、全く活動できない状態になってしまうことがあります。心全体のバランスに逆らうような生き方を続けていると、自己治癒力も弱まっていきます。何かに頑張ることは悪いことではありませんが、自分の欲求や本音を押し殺してまでそれを推し進めていくと、心のバランスを大きく崩してしまう危険もあります。こうなると自然回復力に任せていても難しい状態になります。まるで地球温暖化問題のようなことになってしまうわけです。

1人の人間の心は単純ではなく、いろいろな感情や思考が入り混ざり、それらが集まって互いに影響し合って構成されています。たくさんある気持ちの一部分だけにとらわれるのではなく、心の全体に耳を傾けることは、心の自己回復力、自己治癒力を高める上で大切です。カウンセリングとは、相談者の心のバランスの回復をはかっていくことを援助する仕事です。例えば、人に頼ったり甘えたりすることをよしとせず、その結果、対人関係がうまくいかなくなっている人がいたとします。そのような場合、人に適度に甘えたり依存したりする心をはぐくんでいくことが大切になります。カウンセリングにおいて相談者の心のバランスを回復させていくためには、その人が持っている自己治癒力がうまく発動されるような条件を整えることが大切となります。そのためカウンセリングでは、相談者にとって、自由で安全な人間関係を提供することにつとめます。

カウンセリングという特殊な状況でなくても、私たちは日常生活の中で自然に自己治癒力が高まるような活動をしていたりするのではないかと思います。例えば、自分の心に目を向けること、あるいは自分の心の一面だけではなく全体に目を向けるような活動です。いわゆる自己表現と言われるような活動です。いつも人のことばかり考えていたり、人の顔色ばかりうかがっているような人は、相手の気持ちを察することにばかり気持ちが行ってしまって、自分の気持ちには目が行かなくなりがちです。自分の気持ちを振り返り、感じていることを話したり文章にしてみること、つまり自己表現をしていくことは、心全体のバランスを回復させる手助けになります。自己治癒力とはとても重要なものであり、それが十分に発揮されることは大切であると思います。

(一粒の麦 No.38 2008年9月)

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2019年04月17日