贈り物について

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あと少しでクリスマスです。贈り物といえば、日本ではギフトとか贈答品とかプレゼントとかいろいろな言葉が使われます。そして贈り物といっても、さまざまなものがあります。日本には、お中元やお歳暮などの贈答の風習があります。今はちょうどお歳暮の季節ですが、デパートなどのお歳暮コーナーには、ハムやらお鍋の具材セットやら箱詰め商品がたくさん並んでいます。しかし、同じ贈答品といっても、こういう食品類を誕生日のプレゼントやクリスマスのプレゼントに選ぶということはあまりないように感じます。贈る品物には特別制約などはないはずですが、やはり、TPOに合わせて贈り贈られるものに違いがあるようで、お中元やお歳暮などの場合は、贈るものとして食品が多い印象があります。民俗学の一説では、ハレの日に食物のやりとりをすることが多く、祝宴やお祭りなどで神様にお供えしたものを人にも提供する、贈り物とは本来は神様に対してのお供え物であるという考え方もあるのだそうです。このように贈り物に食べ物を用いる形態は、日本に限らず多くの文化に様々な形であるとも言われています。お歳暮やお中元が日本に定着した起源、その経過などを見ていくと、現在とはずいぶん違う意味合いがあったようですが、現代の私たちがやりとりするのは、お世話になった方、恩のある方への贈答などが多いのではないでしょうか。また、仕事の取引先などに、義理で形式的に贈答を行うという場合もあるのではないでしょうか。いずれにしても、贈り物が食べるものとなれば、受け取った側はそれを消費してあとには残らないものですから、お歳暮やお中元などの定番品は「もらっても困らないもの」が選ばれやすいと思います。

日本語で贈答の贈、つまり「贈る」という言葉は、誰かと別れる際、見送る時の「送る」に由来するそうです。相手との別れがたい気持ち、そこから派生して、心をこめて相手に物を届けるという意味合いになったのだそうです。誰かが転居したり転校したりする場合、贈り物が手渡されることがよくあります。こういう場合に選ばれる品は、お歳暮やお中元などで定番となるような食べ物は少ないのではないでしょうか。むしろ形として残るもの、記念となるような品物などが選ばれたりします。そこには、「一緒に過ごした時間を忘れないでね」「離れていても、この品物を見て私のことを思い出してね」という気持ちが込められているのでしょう。

クリスマスシーズンですと、あれこれとプレゼントの中身を考えたりするのは楽しいものです。しかし、時には相手に何を贈れば喜んでもらえるのかが分からず困ってしまうこともあります。クリスマスプレゼントは、お中元やお歳暮よりも品物を決めるのが難しいのではないでしょうか。実際、プレゼントというものは、受け取り手が欲しいと思っている物と100%一致することはほとんどないのだそうです。最初からこれが欲しいと受け取り側に指定されていれば別ですが、ほとんどの場合、贈る側が思いを巡らせ、この人だったらこういうものを喜ぶのではないかと想像して物を決めていきます。100%満足する品は選べないものの、それでもプレゼントには品物が選ばれます。相手の満足度をあげたければ、物ではなく、そのまま現金を手渡せばいい話ですが、そうなりません。恋人や友人関係、あるいは目上の人に対してのプレゼントの場合は、何らかの物品が贈られ、それが現金になることはほとんどないのだそうです。確かに、誕生日のプレゼントで箱を開けたら、お金が数枚入っていたなんていうのはちょっと興ざめです。ましてや、クリスマスには、サンタクロースがプレゼントを届けてくれると信じている年少の子どもたちの場合、プレゼントが現金という話は通用しません。お金を直接プレゼントとして渡すということは、社会的に洗練されていないものとして、むしろ嫌われたり不快なものとなったりするようです。

話しは変りますが、心理療法の中には、日本で開発された「内観療法」というものがあります。これは吉本伊信という人が創始した方法です。内観療法では、自分が人にどれだけお世話になったのか、またそれに対して自分がどれだけしてかえしたのかをじっくりと内観していきます。これを行っていくと、比較的短期間のうちに他者への深い感謝の念が自然に生じてきます。例えば、自分が親にしてもらったことについて丁寧に内観していくと、日ごろは何も感じていないけれども、生まれてから今までの間に、いかに多くの愛を与えてもらっていたのか、これを改めて感じることになります。私たちは、親から与えてもらったものを当たり前として感じながら子ども時代を過ごし、人生の後期になっていくにしたがってその恩恵に感謝することとなります。そしてそのしてもらったことへの感謝の気持ちから、「親孝行」という発想が出てくるのかもしれません。親孝行の場合も、両親へ旅行をプレゼントするなど形で贈り物をすることもあります。

プレゼントというものは本来、相手のニーズに完全には一致しないものですが、人は贈り物をしたり受け取ったりし続けます。非効率的だと言ってやめることはありません。贈り物という物品を介しながら、日ごろの恩に報いたり相手に伝えられない感謝の気持ちを伝えたり、愛情を示したりと、そこには品物以上の心が込められているからなのではないでしょうか。受け取る側は、品物そのものを喜ぶだけではなく、送ってくれた相手の気持ちも受け取る。だからこそ贈り物には物の価値以上のものが含まれ、心が温かくなり私たちは贈り物をし合うのではないでしょうか。

(一粒の麦 No.45 2012年3月)

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2019年04月10日